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五味隆典の全盛期の戦績・動画は?魔裟斗との対戦を辞めた理由は?

今回は、「天下無双の火の玉ボーイ」と呼ばれた五味隆典選手の

 

 

修斗・PRIDE武士道・戦極など…全盛期の頃の戦績

全盛期の頃の動画などや

 

魔裟斗選手との試合を諦めた理由

 

 

などなど…五味隆典選手の全盛期について書きました。

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五味隆典の全盛期の動画などは?

引用:https://retro-mo.com/archives/10385

五味隆典選手は

 

中学時代は、野球部でピッチャーを務める

野球を辞めた後、ボクシングをテレビで見て、「格闘技が自分の進むべき道だと」直感する

 

16歳、木口道場に入り、総合格闘技を始める

格闘家になる為、高校1年で中退する
その事で、警察官になって欲しかった父親と仲が悪くなり、縁を切られる

 

その後、PRIDEに新設された73㎏級でエースとして活躍する

PRIDE武士道時代は、KO率8割を誇る
さらに、その8割が全て1Rで決着する選手だった

五味隆典選手もKO勝利の事を「スカ勝ち」と言い、KOに非常にこだわる野性味溢れる戦い方が持ち味です。

五味隆典選手のバックボーンはボクシングとレスリングになり、打撃による「パウンド」を武器とする選手です。

 

 

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五味隆典の全盛期の戦績は?修斗・PRIDE武士道時代

引用:https://retro-mo.com/archives/10385

五味隆典選手の全盛期の戦績ですが

 

修斗

1998年11月27日 鶴屋浩 3-0判定勝ち
1999年1月15日 高田和道 2R 3:42 TKO勝ち(パンチ連打)
1999年3月28日 桑原卓也 3-0判定勝ち
1999年6月1日 ステファン・パーリング 1R 3:06 一本勝ち(スリーパーホールド)
1999年9月5日 桑原卓也 3-0判定勝ち
1999年12月11日 ジョニー・エドゥアウド 3R 1:43 一本勝ち(スリーパーホールド)
2000年4月2日 アンデウソン・パヴァオン 3-0判定勝ち
2000年7月16日 ポール・ロドリゲス 3-0判定勝ち
2000年11月12日 ライアン・ボウ 3-0判定勝ち
2001年12月16日 佐藤ルミナ

【修斗ウェルター級王座決定戦】

3-0判定勝ち
2002年6月29日 レオナルド・サントス 2-0判定勝ち
2002年9月16日 クリス・ブレナン 3-0判定勝ち
2002年12月14日 三島☆ド根性ノ助

【修斗ウェルター級チャンピオンシップ】

2R 52秒 TKO勝ち(パウンド)
2003年2月23日 ニック・アートル 1R 4:59 一本勝ち(腕ひしぎ十字固め)
2003年8月10日 ヨアキム・ハンセン

【修斗世界ウェルター級チャンピオンシップ】

0-2判定負け
2003年10月10日 BJ・ペン

【世界ライト級王座決定戦】

3R 2:35 一本負け(チョークスイーパー)

 

1998年11月、修斗でプロデビューし、それ以後9連勝をする

 

2001年8月26日、ウェルター級王座決定戦で三島☆ド根性ノ助選手と戦う予定でしたが、三島選手の怪我により中止

2002年12月14日、中止となった三島☆ド根性ノ助選手と戦い、2Rフックでダウンを奪い、タックルに来た三島選手にパンチを浴びせTKO勝ち勝利をし、王座初防衛に成功

2003年8月10日、ヨアキム・ハンセン選手に負け、デビューからの13連勝が止まり、ウェルター級王座からも陥落する

2003年10月10日、ハワイでBJ・ペン選手と戦うも、何度もバッグマウントを取られパンチを浴び、チョークスリーパーで一本負けをし、王座獲得失敗

 

修斗後半の不調の原因

目標の修斗世界王者になり、憧れの先輩・佐藤ルミナ選手に勝った事で目標を失いモチベーションが低下したからでは?と言われています。

 

PRIDE武士道

2004年2月15日 ジャドソン・コスタ 1R 4:55 TKO勝ち(マウントパンチ)
2004年5月23日 ハウフ・グレイシー 1R 6秒 KO勝ち(グラウンドの膝蹴り)
2004年7月19日 ファビオ・メロ 1R 8:07 TKO勝ち(パウンド)
2004年10月14日 チャールズ・“クレイジー・ホース”・ベネット 1R 5:52 一本勝ち(チキンウィングアームロック)
2004年12月31日 ジェンス・パルヴァ― 1R 6:21 KO勝ち(左アッパー)
2005年5月22日 ルイス・アゼレード 1R 3:46 KO勝ち(スタンドパンチ連打)
2005年7月17日 ジーン・シウバ 3-0で判定勝ち
2005年9月25日 川尻達也

【ライト級トーナメント1回戦】

1R 7:42 一本勝ち(チョークスリーパー)
2005年9月25日 ルイス・アゼレード

【ライト級トーナメント準決勝】

3-0で判定勝ち
2005年12月31日 桜井“マッハ”速人

【ライト級トーナメント決勝】

1R 3:56 KO勝ち(スタンドパンチ連打)
2006年4月2日 マーカス・アウレリオ(ZST GP王者) 1R 4:34 一本負け(肩固め)
2006年8月26日 デビッド・バロン(修斗欧州ミドル級王者) 1R 7:10 一本勝ち(チョークスリーパー)
2006年11月5日 マーカス・アウレリオ

【ライト級タイトルマッチ】

2-1で判定勝ち
2006年12月31日 石田光洋 1R 1:14 KO勝ち(左ストレート→パウンド)
2007年2月24日 ニック・ディアス 無効試合(ニック選手が薬物検査失格)
2009年5月10日 中蔵隆志(世界ウェルター級王者) 2R  4:42TKO勝ち(パウド)

 

PRIDEが新たに立ち上げた「PRIDE-武士道」の第2大会から参戦する

2004年2月15日、初参戦のPRIDE-武士道にてシュートボクセ・アカデミー出身のジャドソン・コスタ選手にTKO勝ち

 

それまで総合で無敗のハウフ・グレイシー選手に、開始直後タックルの大勢に入ったハウフ選手に左ハイキックを入れ、その蹴り足の膝がカウンターでハウフ選手の顔面を直撃、そのまま前に倒れてきたハウフ選手にガブって頭部へヒザ蹴りの連打でわずか6秒でのKO勝ちを収めるなど…海外選手に6連続1ラウンドでKO・一本勝ちを記録し、PRIDE軽量級エースになる

 

ちなみに、ハウフ選手との試合後日

五味は前日に行われた『K-1 ROMANEX』で須藤元気がホイラー・グレイシーに勝利したのを見て「やっぱり負けていられない。兄弟(2人の師匠である木口宣昭会長が五味と須藤を兄弟だと称した)揃っていい勝ち方をしたいと思ったんだよね。“俺はダメかな”とも考えたけれど、“2人一緒に勝とうか”って考え方を切り替えて。ほんのちょっとのことだよね。勝つきっかけというのは」と、刺激を受けたと振り返っている。

 

須藤元気選手がホイラー・グレイシー選手に勝利した事でハウフ選手との試合に刺激を受けたと、コメントしています。

 

2005年12月31日の決勝戦では、修斗時代の先輩・桜井“マッハ”速人選手にKO勝ちし、PRIDE10連勝とトーナメント優勝を飾る

2006年3月31日、初代PRIDEライト級王座になる

2006年11月5日、ノンタイトルマッチで負けたマーカス・アウレリオ選手と再戦し、両者前に踏み出せず膠着(こうちゃく)が続いたが、判定勝ちをし初防衛をする

 

2007年3月21日、第13回全日本コンバットレスリング選手権・73㎏級で優勝

 

その後、PRIDE消滅があり、2007年に試合はすることは無かった

12月29日、ラスベガスで行われた「UFC 79」に来場するも、最終的に参戦には至らなかった

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五味隆典の全盛期の戦績は?魔裟斗との対戦を辞めた理由は?

引用:https://retro-mo.com/archives/10385

その後、五味隆典選手は新設された団体・戦極に参戦されます。

 

戦極

2008年3月5日 ドゥエイン・ラドウィック 1R 2:28 TKO勝ち(ドクターストップ)
2008年8月24日 ハン・スーファン(DEEPライト級王者) 3-0で判定勝ち
2008年11月1日 セルゲイ・ゴリアエフ 1-2で判定負け
2009年1月4日 北岡悟

【ライト級チャンピオンシップ】

1R 1:41 一本負け(アキレス腱固め)

 

2008年1月31日、新団体「戦極」への参戦し、エース扱いを受ける

2008年3月5日、戦極の旗揚げ戦で、ドゥエイン・ラドウィック選手と対戦し、1Rに左フックでダウンを奪い出血によるドクターストップで勝利

2008年11月1日、無名のセルゲイ・ゴリアエフ選手に負ける、これは2年半ぶりの敗戦となる

五味隆典選手への挑戦権を決める大会で北岡悟選手が優勝する

 

2008年11月30日、全日本コンバットレスリング・オープン選手権73㎏級で、決勝で永田克彦選手と対戦し、1-0で判定勝ちをし、優勝をする

 

2009年1月4日、北岡悟選手と対戦し、一本負けをし、王座獲得失敗

 

2009年5月10日、5年9カ月ぶりの修斗で、中蔵隆志選手にパウンド勝ちを収め、試合後リングで「帰って来たぜ!」と絶叫した

 

2009年10月30日、10年ぶりの開催の「VALE TUDO JAPAN 09」のメインイベントで、KOTC世界ライト級王者のトニー・ハービー選手と対戦、3Rまで優勢に試合を進めるも4Rからカス欠になりあわやの場面もあるなど大苦戦を強いられるも、3-0で判定勝ち収める

この試合前直前に思いついたことがあるんですけど、いい勝ち方をしてリング上で言いたいことがあるんですよね」とビッグサプライズ投入を予告していたが

ちょっと練習不足でした。情けないです。大きなことを言いたかったんですけれど……どうしたらいいですかね?」と観客に問いかけ、観客からの声援を受けて「無理だよ。あのね、大晦日に魔裟斗選手と……無理だよ。無理だ、やめる!」と独り言の様に五味隆典選手は呟かれました。

 

その後、魔裟斗選手とは2016年12月31日「KYOKUGEN」内で、3分5RK-1ルールで対戦されています。

 

魔裟斗選手はローキックを中心、五味隆典選手はパンチを中心に試合を構成されます。
結果は、両者ともダウンなしの引き分けとなりました…

 

 

以上が、五味隆典選手の全盛期に関する記事ですね。

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