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車谷暢昭の年収は?経歴や高校・大学などの学歴は?

今回は、車谷暢昭さんの

 

 

年収や

 

幼少期や小・中学校時代の経歴

高校・大学時代の経歴

大学卒業後から現在までの経歴

 

 

など…車谷暢昭さんの年収や経歴について書きました。

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車谷暢昭の年収は?

車谷暢昭さんの年収についてですが

 

2020年7月30日の「東京商工リサーチ」の記事によりますと

 

1億9300万円

 

となっていますね。

東芝は、綱川智会長と車谷暢昭社長が、それぞれ1億9300万円。また、アートネイチャーは、五十嵐祥剛会長兼社長が1億6400万円で開示された。

 

そして、TOSHIBAの役員毎の連結報酬等の総額によりますと

取締役の固定報酬600万、執行役の固定報酬1億100万、執行役の業績連動報酬8600万

 

引用:https://www.toshiba.co.jp/about/ir/jp/governance/gov_03.htm

 

となっていますね。

 

以上が、車谷暢昭さんの年収になりますね。

車谷暢昭の経歴は?幼少期や小・中学校時代は?

車谷暢昭の幼少期などの経歴ですが

 

1957年12月23日に愛媛県新居浜市に生まれて、野球や魚釣りに熱中し、勉強はしていなかった

 

10歳の頃、住友化学に勤める父の転勤で大阪府茨木市に引っ越す

社宅暮らしは、それまでの新居浜の暮らしとは大きく違い「ここは外国か」と感じる程だった

 

母親が病弱で、食事を作ったりするなど家の中のことを手伝ったりし、父親は仕事が忙しく、あまり家におらず、そうした中で育ち車谷暢昭さんは「自分の道は自分で切り開くもの」と言う考えが自然に身についた

 

近所の小・中学校に通ってた

小学校では、よく居残りを命じられるなど、小・中学校ではそこまで成績は良くなかった

小学校時代の担任の先生は、茨木高校の合格を聞き「うそでしょう?」と驚いたそうです。

 

ちなみに、お姉さんは秀才でならしてて、周囲から「お姉ちゃんは優秀なのに…」といわれたそうです…

 

さらに、幼少期は、少年野球の投手として活躍、合唱団に入り大きなホールで独唱など…色々な事をしてたそうです。

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車谷暢昭の経歴は?高校・大学時代は?

車谷暢昭さんの高校・大学時代などの経歴ですが

 

大阪府立茨木高校は、自由な雰囲気で楽しい3年間を過ごし、自立心を身につけることが出来た

高校1年生の時、結構勉強し全国模試でいい点数を取るも、2年生以降は遊んでしまい成績も下がってしまう

高校の同級生はノーベル賞の受賞候補者や官僚などがいて、パナソニックの専務執行役員の宮部義幸さんと同じクラス

パナソニックの津賀一宏社長は高校の1年先輩で、お姉さんと同級生

 

高校3年生の体育祭で、マスコット委員長を務める

受験勉強を始めたのは3年生の秋からで、それまで学校の行事に熱中してた

 

さらに、高校では天文部と数学研究部に所属し、天文部では部長を務める

元々小学生のころから宇宙に興味を持ち、地元の電気科学館に通っていて宇宙物理学者に憧れていた

 

ちなみに、この頃は私服はほとんど持っておらず詰め襟の制服だけで年中過ごしてたそうです。

 

茨木高校は

  • 偏差値 72
  • 普通科と文理学科がある
  • 伝統行事は大正時代から続く妙見夜行登山や体育祭や文化祭など行事がたくさんある
  • 部活動は2つ以上の部を兼部する生徒もいるため、入部率は100%を超える

 

と言った感じの高校になりますね。

 

大学進学の際、「親から離れて東京の大学に進学したい」と考え、母親は「関西に残ってほしい」と強く望んでいたが、「理系なら湯川秀樹先生が出た京都大学かもしれないが、文系だと東京大学がいいと思う。得意な数学を生かして計量経済学を学べるから」と説得し、東京大学に進学する

 

大学では、デカルト、カント、マックス・ウェーバーなどの輪読会を開き、仲間と議論を繰り返して、哲学書や思想書などをたくさん読んだ

 

1980年3月、東京大学経済学部卒

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車谷暢昭の経歴は?大学卒業後〜現在

車谷暢昭さんの大学卒業後から現在までの経歴ですが

 

1980年4月、三井銀行入行

憧れの大学の先輩が入ってたので、三井銀行を選ぶ

教授には「三井銀行は中位行だ。そのうち金融再編の渦中にのみこまれるよ」と言われた

 

1983年7月、大蔵省国際金融局調査課係長

1985年7月、三井銀行国際部国際企画課

1986年4月 、三井銀行総合企画部

1990年4月 、太陽神戸三井銀行国際企画部

1992年4月 、さくら銀行東京営業第六部次長

 

1994年4月、さくら銀行秘書室秘書役

「三井のドン」と言われていた小山五郎の秘書役を務める。車谷暢昭さんは秘書よりは書生みたいな感じで、かなり可愛がって貰ったそうです。

 

1997年1月、さくら銀行総合企画部企画課長

1999年11月、さくら銀行統合戦略室長

2001年4月、三井住友銀行経営企画部副部長

2003年6月、三井住友銀行王子 (東京都北区)|王子法人営業部長

2006年4月、三井住友銀行本店営業第三部長

2007年4月、三井住友銀行執行役員経営企画部長

 

2010年1月、三井住友銀行常務執行役員経営企画部長

2010年4月、三井住友銀行常務執行役員、経営企画部門副責任 役員

2013年4月、三井住友銀行取締役兼専務執行役員、経営企画部門責任役員

2015年4月、三井住友銀行代表取締役兼副頭取執行役員、投資銀行部門 証券事業責任役員

2017年4月、三井住友銀行上席顧問

2017年5月 、CVC キャピタル・パートナーズ 代表取締役会長兼共同代表

2017年6月、シャープ 社外取締役

 

2018年4月、 東芝 代表執行役会長兼最高経営責任者(CEO)

外部出身の経営トップが誕生するのは、土光敏夫さん以来53年ぶりの事だった

東芝に入った際、社員に「ファーストペンギンになろう」と呼びかけたそうです。

 

2018年6月、東芝 取締役 代表執行役会長兼最高経営責任者(CEO)

2020年4月、東芝 取締役 代表執行役社長兼最高経営責任者(CEO)

 

以上が、車谷暢昭さんの経歴になりますね。

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