今回は、74歳で天国に旅立たれた岡本行夫さんの
元妻(嫁)の佐藤陽子さんのプロフィールや経歴
佐藤陽子さんとの馴れ初め
再婚してるのかどうか?
など…岡本行夫さんの家族について書きました。
目次
岡本行夫の家族は?元妻(嫁)・佐藤陽子との馴れ初めは?

岡本行夫さんと佐藤陽子さんはパリで知り合い
大恋愛の末に、佐藤陽子さんが24歳で結婚する
その後、佐藤陽子さんは画家の池田満寿夫さんとローマで運命的な出会いをし、岡本行夫さんと1979年に離婚する
ちなみに、佐藤陽子さんと池田満寿夫さんの馴れ初めですが
1977年(昭52)、雑誌の対談で知り合った。79年、池田さんの芥川賞受賞作で監督を務めた映画「エーゲ海に捧ぐ」の音楽を佐藤さんが担当し、急接近した。
80年1月には高橋三千綱氏、戸川昌子さんらが発起人となり結婚披露パーティーが開かれた。しかし表面上のおしどりぶりとは裏腹に、二人は戸籍上夫婦ではなかった。
ちなみに、池田満寿夫さんは1997年3月急性心不全により、63歳で急死されています。
岡本行夫さんは、佐藤陽子さん離婚後再婚したと言う情報は出て来ませんでした…
岡本行夫の元妻(嫁)・佐藤陽子のプロフィールは?

岡本行夫さんの元妻(嫁)・佐藤陽子さんのプロフィールですが
- 名前:佐藤陽子(さとうようこ)
- 生年月日:1949年10月14日
- 出身地:福島県福島市
- ヴァイオリニスト・声楽家・エッセイスト
以上が、佐藤陽子さんのプロフィールになりますね。
岡本行夫の元妻(嫁)・佐藤陽子の経歴は?

元妻(嫁)・佐藤陽子さんの経歴ですが
3歳からヴァイオリンを始める
1958年、来日中のレオニード・コーガンに才能を認められる
1959年〜、ソ連政府の給費留学生としてモスクワ音楽院附属学校に進学しコーガンに師事する
1962年、キリル・コンドラシンの指揮でモスクワデビューする
1966年、チャイコフスキー国際コンクール第3位
1966年9月〜、モスクワ音楽院に進学
1969年、ロン=ティボー国際コンクール第3位
1971年、モスクワ音楽院を首席で卒業
その後、フランスに留学する
1972年〜、ヨゼフ・シゲティの門を叩き、パガニーニ国際コンクール第2位入賞
その後、ソプラノ歌手としてジュゼッペ・ディ・ステファーノらと共演する
1975年、ルーマニアのブカレスト国立歌劇場での「蝶々夫人」でデビュー
1976年、日本に帰国
日本帰国後、アーティストとしての活動以外にエッセイやミュージカル歌手・タレント活動を行う
近年は、レクチャー・コンサートや慈善演奏会、ワークショップにおける青少年の指導に力を注いでいる
以上が、佐藤陽子さんの経歴になりますね。