今回は、外務省・小野日子さんの
年齢や出身地などのwiki風プロフィールや
出身高校・大学などの学歴
高校・大学時代のなどの学生時代のエピソード
外務省入省後~の経歴
などなど…外務省・小野日子さんについて書きました。
目次
小野日子(外務省)の年齢などのwiki風プロフィールは?

引用:https://dual.nikkei.com/article/029/92/
外務省・小野日子さんの年齢などのwiki風プロフィールですが
- 名前:小野日子(おのひかりこ)
- 生年月日:1965年生まれ
- 出身地:東京都
そんな、小野日子さんの年齢ですが、1965年生まれなので、56歳前後になりますね。
以上が、小野日子さんのwiki風プロフィールになりますね。
小野日子(総務省)の学歴(出身高校・大学)は?

引用:https://dual.nikkei.com/article/029/92/
総務省・小野日子さんの出身高校・大学などの学歴ですが
1988年3月、一橋大学社会学部(偏差値67.5)卒業
一橋大学は、広い立場に立って公に役立つ仕事の中で、自分のやりたい事を見つけよう、選択肢が広がる大学がいいと思い一橋大学を選択したそうです。
小野日子さんは、子供の頃から人の為になる仕事がしたかったそうで、元々は医者を目指していました。
高校時代に「女性外交官になった5学年上の先輩を紹介する新聞記事を読み」面白そうと思う
この時、外交官と言う仕事は、遠い存在で将来の選択肢の1つと言う程度だった
一橋大学で外交官を目指す人の勉強会に参加し、仲間のイキイキしてる姿が刺激になり、本格的に外交官を目指す
さらに、一橋大学には、楽天の三木谷さんなど男子学生達が「とにかく挑戦しょう」とパワフルの人達が多く、そのパワーに押されて外交官を受けてみようと思ったのだとか。
そして、学生時代に1つ上の代に雅子様がいてて“外交官の卵”として雑誌など特集をされてた事も外交官を目指すきっかけだそうです。
ただ、母親からは「お父さんも外交官、海外育ちで幼稚園はモスクワ、ハーバード大学卒」の雅子様の経歴を聞き、「あなた本当にこれを目指してるの?近所の普通の幼稚園に通ってただけなのに?」と驚かれたそうです・・・
高校時代まで「リスクを取らず、渡れる橋を渡り、8割の力で出来る事をやろう」と思っていたが、一橋大学には全力の人達が沢山いて「チャレンジ精神・強さ」などを得る事が出来、発想や見方が変わったそうです。
出身高校に関しては、女子校出身と中学受験をしてて中学・高校も私立
と言った事が分かりました。
小野日子さんの出身地・東京都で頭がいい私立女子校だと
- 豊島女子学園
- 慶應義塾女子
- 桜蔭
- 白梅学園
- 女子美術大学付属
- 東洋英和女子
- 吉祥女子
- 鴎友学園女子
- 北豊島
- 女子学院
などがあります。
もしかしたら、上記の中に、小野日子さんの出身高校があるかも?しれませんね。
以上が、外務省・小野日子さんの出身高校・大学などの学歴になりますね。
小野日子(外務省)の経歴やwikiは?

引用:https://dual.nikkei.com/article/029/92/
外務省・小野日子さんの経歴ですが
1988年 外務省入省(外交公務員一種採用)
入省したキャリア官僚の同期25人中女性は小野日子さん1人だったそうです。
1989年 外交官補としてイギリスオックスフォード大学で研修
1991年 イギリス・オックスフォード大学PPE(哲学・政治学・経済学)を修了
1991年、日本帰国し、外務省本省勤務(気候変動等の地球環境問題・アジア地域への経済協力・メコン開発・WTO交渉等担当)
2000年 在アメリカ合衆国日本国大使館・広報文化担当一等書記官 (アメリカ転勤)
本省勤務が長く、早く在外勤務の経験を積みたいと思ってたので、大変わくわくした気持ちで赴任したそうです。
日本の魅力を発信するだけでなく、時として起こった事情に対しての危機管理的な対応が必要な場面もあり、外国国民や世論に訴えかけるための外交活動の重要さを実感したそうです。
2003年 出産、育児休業(アメリカにて半年・日本で半年)
2005年4月~、ODA白書編纂(分野別援助政策担当)
2006年8月~、国際協力局多国間協力課企画官
ODAの様々な分野の政策や方針の策定を担当し、「途上国への経済協力をどういうふうにやって行くのがベストであるのか」を考えて行く仕事だったそうです。
2007年 総合外交政策局政策企画室長(外交政策の企画立案、大臣の政策演説などを担当)
2009年 国際協力局告別開発協力第二課長(南西アジア・中央アジア・中南米の経済協力に取り組む)
2010年 大臣官房広報文化交流部総合計画課長
広報交流の担当課長として東日本大震災からの日本復興の姿を世界に発信
2012年 内閣副広報官・官邸国際広報室長(官邸に出向し、戦略的な対外発信に取り組む)
総理の外遊へ同行し、政府の諸政策の国際発信に従事
当時は、子供が小さく、月1ペースの海外出張中は夫や実家の力を借りてなんとか両立を図ったそうです。
安倍総理になってから官邸内の雰囲気が変わり、スピード感が増し
1年間で地球を6.2周、25か国に行ったそうです。
2014年7月 (独)国際交流基金総務部長(国際交流基金に出向し、日本語教育や文化交流の環境整備に取り組む)
2016年 (公財)東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会スポークス・パーソン
東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会に出向、スポークスパーソンとして東京五輪2020の魅力を国内外にアピール
2017年~ 東南アジア諸国連合日本政府代表次席公使(子どもを帯同しジャカルタ赴任、ASEAN外交に取り組む)
14年ぶりの在外勤務で中学生の子供を帯同して赴任する事になりますが、夫と同じ勤務地になる事が出来たので、外交の現場に立てる事の喜びがおおきかったそうです。
小野日子さんは、新しいポストに就任する度に、「私に務まるのだろうか?」と眠れなくなるほど不安になるそうですよ。
以上が、外務省・小野日子さんの経歴になりますね。
