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下山田志帆の高校やwikipedia風プロフィールは?身長・経歴は?

今回は、女子サッカー選手・下山田志帆さんの

 

wikipedia風プロフィールや

出身高校や大学などの学生時代

 

サッカー選手としての経歴や

 

彼女について

 

 

など…下山田志帆選手について書きました。

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下山田志帆の身長やwikipedia風プロフィールは?

下山田志帆選手の身長などのwikipedia風プロフィールですが

 

  • 名前:下山田志帆(しもやまだしほ)
  • 生年月日:1994年12月25日生まれ
  • 出身地:茨城県
  • 身長:166㎝
  • ポジション:MF

 

以上が、下山田志帆選手の身長などのwikipedia風プロフィールになりますね。

下山田志帆の出身高校・大学はどこ?

下山田志帆選手の出身高校・大学ですが

 

十文字高校(偏差値60~67・中高一貫の私立の女子校)→慶應義塾大学

 

となりますね。

 

幼少期は、両親から言われてピアノ教室に通ってが、あまり好きにはなれなかった

 

サッカーを小3から始める

その後、友人に「そんなに好きならチームに入ろう」と言われたのをきっかけに、小4で地元のスポーツ少年団に所属する

スポーツ少年団で男子とプレーしながら、女子サッカーチーム・つくばFCレディースに所属

 

中学時代も、男子サッカー部とつくばFCレディース両方でプレーしてた

中学時代には、茨城県選抜・関東選抜に選出、全国の優秀な選手のみで行う練習会にも選ばれる

 

そして、さらならレベルアップを求め、女子サッカーの名門・十文字高校に進学

下山田志帆選手は、「サッカーだけでは食べていけないのではないか?」と言う厳しい現実を感じてたので
「文武両道」の十文字高校を選び、サッカーだけでなく学力の強化にも励みます。

十文字高校のサッカー部のレベルは相当高く…入部早々顧問の先生からたくさん怒られたそうです。

その後、高校1年時は、レギュラーと控えのチームを行き来していましたが
高校2年からは、レギュラーチームの固定メンバーになります。

高校2年でインターハイ3位、高校3年でベスト16になる

 

ベスト16と言う結果に納得が出来ず、「ここで辞めてしまったら後悔する」と思い、大学でもサッカーを続ける

早稲田と慶應を受験し両方とも合格する

 

「早稲田大学の女子サッカー部は強豪で知られていて、優秀な先輩達が一杯いるので、自分の実力に関係なく引っ張って行って貰える。
それでは高校の時と同じになってしまう。だったら、現状は決して強いとはいえないチームに入って、自分が強くしていきたいと思った。」

と言う理由と人間的に成長を遂げたいと言う理由で、慶應義塾大学に進学する

 

慶應の女子ソッカー部に、初心者や帰国子女もいたり、個性の強い人達が集まっていました。
そして、『サッカーだけが人生ではない』という自由な発想の考え方の人も多くいて、厳しい“競争社会”だった高校時代とはまるで違い新鮮に感じたそうです。

その為、『サッカーだけじゃ、つまらない』と考える様になり、サッカープレー以外も大切にする様になり
毎日居残り練習を頑張っていた初心者やケガから復帰した人が活躍することが、何より嬉しいと感じられるようなる」など…サッカー自体を楽しいと思える様になって行ったそうです。

 

以上が、下山田志帆選手の高校・大学時代に関する記事ですね。

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下山田志保の経歴は?

下山田志帆選手の経歴ですが

 

2015年に日本女子代表候補3年生の秋にユニバーシアードの日本女子代表候補に選ばれて最終選考まで残るも、最終的に選ばれなかった悔しさと
まだ自分の力で、何かタイトルを取った経験がない事などにより

大学卒業後もサッカーをプレーされる事を決意されます。

 

ただ、大手企業に入る事がピンと来ず、チームスポンサーなどの企業で働きながらプレーするという日本女子サッカー界の厳しい環境に置かれている事が多いので

海外でプレーをすることを決意されます。

その時、当時の慶應義塾大学女子ソッカー部にドイツ人のコーチがいて、そのコーチの父親がエージェントの仕事を始めるため、初めての顧客になってほしいという依頼があり、女子2部リーグのSVメッペンに所属することが決定する

2017年7月、単身ドイツへと渡る

 

チームでは、外国人が下山田志帆選手一人で、ドイツ人は元々個人主義な人が多く、チームメイトは何も手を貸してくれなかったそうです。

その為、どうやってコミュニケーションをとっていいかわからず、すごく大変だったそうです…

その後、“ドイツ人だから”という固定観念を捨て、一人一人に合ったコミュニケーションの方法を行う事でチームに溶け込んで行ったそうです。

 

ドイツに行った当初は、力負けしてしまう事がありましたが
常に頭で考えながら、プレーすることで自分の居場所を開拓されます。

そして、ドイツのサッカーにも慣れ、監督にも実力を認められていき、スタメンとして得点シーンに絡む重要な役割を果たして行かれました。

2シーズンに渡りSVメッペンでプレーし、1シーズン目は2ケタ得点をマークしチームから信頼される存在になった

2シーズン目も同チームでプレーし、3シーズン目の契約の話を断り2019年夏に帰国

帰国した理由は

「1年目のシーズンは、サッカーに限っていえば競技人生で最高のパフォーマンスでした。その一方で、サッカーを楽しめない自分がいました。結果を求めすぎて、自分で自分を苦しめていた部分があったのだと思います。2シーズン目は、サッカー以外の部分も大切にしようと考えたんです

と言った理由だそうです。

 

帰国後、なでしこリーグ2部のスフィーダ世田谷と契約を結びます。

それは、スポンサー企業にチームを支えようとする情熱が感じられ、双方の関係性が非常に良好で、チームに多様性を受け入れる雰囲気があり、“このチームだったらサッカーも、それ以外での活動も思い切りやることができる”と感じたことが最大の理由だったそうです。

実際、LGBTの当事者であるアスリートとしてダイバーシティを発信していく活動をしていきたいという趣旨を相談したところ、チームは理解を示してくれたそうです。

 

2019年7月~、“モヤモヤした思いを抱きながら、どうしていいかわからない人たちと一緒に活動していく場所を作りたい”と、起業家として活動を始める

2019年10月、元女子サッカー選手で高校時代の同級生での内山穂南さんと共同代表で『株式会社Rebolt(レボルト)』という新会社を設立

社名の由来は、“revolution(革命)”と“bolt(雷)”をかけ『雷のような大革命を起こしたい』という意味が込められている

現在は、女性アスリートによる社会課題解決を目指し、企業との商品開発を進めています

 

そして、下山田志帆選手は

「女性アスリートで、何かを発信していきたいと思っている人は結構たくさんいるんです。でも、その方法がわからず行動に移せない人が少なくない。一方で、非常に素晴らしい商品なのに、開発の背景やストーリーが見えなくて、なかなかヒットに恵まれていないものが溢れていると感じます。そんな女性アスリートと企業が、お互いの良いところを出し合って、不足しているものを補うことができれば、大きな効果が生まれると思います」

 

と言った事を語られています。

下山田志帆の彼女は?

下山田志帆選手は

 

初めて彼女が出来たのは高校時代で、その頃から男性が好きではないと気づき始めたとだとか…

 

そして、大学時代に両親にLGBTである事を告白されます。
「女の人と付き合ってるんだ」と告白されたそうです。

そして母親から返って来た言葉は「その人はいい人なの?」だそうです。

 

その後、両親だけでなく親友達にも肯定された事
下山田志帆選手は「好きな人を好きなままでいいし、今の自分のままでこのチームにいていいんだと思えた。安心できた。」そうです。

 

以上が、下山田志帆選手の彼女に関する記事ですね。

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