芸能

吉永みち子の若い頃の画像&経歴は?学歴や幼少期が凄い!

今回は、ノンフィクション作家の吉永みち子さんの

幼少期・学歴や

若い頃の画像や経歴など

若い頃の吉永みち子さんがどんな人だったのか?迫って行きます。

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吉永みち子の幼少期は?

吉永みち子さんは、1950年3月12日に埼玉県川口市で生まれました。
この時、父親は60歳・母親は40歳でした。

父親は、結核で家の中で隔離されてた様です。
そして、吉永みち子さんが9歳の時に天国に旅立たれました。

父親が亡くなった後は、下宿の営みで母親と暮らしました。

吉永みち子の学歴は?

吉永みち子さんの学歴ですが

埼玉県立浦和第一女子高校→東京外国語大学外国語学部インドネシア語学科(1973年卒)

浦和第一女子は、偏差値73(埼玉県6位)
東京外国語大学は、偏差値60~65

と言った感じの学歴になりますね。

吉永みち子の学生時代は?

吉永みち子さんは、中学時代からアルバイトをして家計を助けていました。

さらに、中学時代に家計を助ける為にアイドルを目指し渡辺プロダクションに合格します。
ただ、芸能活動はされなかった様ですね。

母親に、勉強でトップを取る様に言われてたので勉強が出来た学生時代を過ごします。

通訳を目指し大学に入学するも、学生運動の影響で3年になってもまともな授業が受けられず語学が身についてない状況に絶望していました。

その時、友人と中山競馬場に行き、馬券を外しガッカリしてる人が次のレースで元気になる姿を見て
「人生、1レースじゃない」と言う事を知り救われ、大学後半は馬と競馬にハマってたそうです。

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吉永みち子の若い頃の経歴&画像は?

吉永みち子さんの若い頃の経歴と画像ですが

 

大学卒業後は、馬のそばで仕事がしたいと思いツテを探し
立馬株式会社に入社し、日本初の女性競馬新聞記者になる

吉永みち子さんの若い頃の競馬場は男社会の権化の様な場所でした。
その為、取材した馬が負けると「女が来たから負けた」「縁起が悪い」と言われたりしました。
なので、取材時は全部の出頭場に会いに行く様に心がけてたそうです。

そんな努力が実り、担当コーナーや予想記事を任されるようになります。
その後2年務め、株式会社日刊現代に転職します。

1977年、担当する連載の取材で知り合った騎手・吉永正人さんと結婚

1978年、株式会社日刊現代を退社

1983年、日本中央競馬会の機関紙「優駿」で初エッセイが最優秀賞を獲得
この事がきっかけで、ノンフィクション作家としてデビューする

1985年、自伝「気がつけば騎手の女房」が大宅壮一ノーフィクション賞を獲得

 

以上が、吉永みち子さんの若い頃の画像と経歴になりますね。

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