今回は、武藤敏郎事務総長の
大蔵省入省後~現在までの経歴
出身高校・大学などの学歴
お嫁さん(妻)や息子さんなど家族に関する情報
などなど…武藤敏郎事務総長について書きました。
武藤敏郎事務総長の経歴や学歴(出身高校・大学など)は?
引用:https://webronza.asahi.com/business/articles/2018070500008.html
武藤敏郎事務総長の経歴や学歴ですが
1943年7月2日、埼玉県浦和市生まれ
- 父親は、浦和市議会議員・浦和市収入役を務めた
- 6人兄弟で、次兄・博さんは上福岡市市長を務めた
双恵学園出身
1962年3月、私立開成高校(偏差値78・東京都1位、全国2位の学力)卒業
1965年、国家公務員採用上級甲種試験(法律)を2位で合格・司法試験第二次試験合格
1966年3月、東京大学法学部第1類(私法コース)卒業
1966年4月、大蔵省入省・大臣官房文書課配属
入省時は、元々弁護士志望だったので、「正論が通らなかったらいつでもやめるぐらい」の感じで、役人に特に思い入れはなかった
1968年4月、大臣官房調査企画課
1969年4月 、関税局企画課係長
1971年7月、彦根税務署長
1972年7月、銀行局特別金融課課長補佐
1973年7月、銀行局総務課課長補佐
1974年7月、外務研研修
1975年5月、在米国日本国大使館二等書記官
1976年4月、在米国日本国大使館一等書記官
1978年7月、主計局主計官補佐(地方財務第一、第二、補助金担当主査)
1980年7月、主計局主計官補佐(文部第一、第二、第三担当主査)
1982年6月、石川県商工労働部長
1982年12月、石川県総務部長
1984年7月、主計局主計官(文部・科学、文化係)
1986年6月、主計局主計官(建設、公共事業係)
1988年6月、銀行局中小金融課長
1990年6月、大臣官房秘書課長
1992年6月、主計局次長(次席)
1993年7月、主計局次長(首席)
1995年5月、大臣官房総務審議官
1997年7月、大臣官房長
1998年5月、大臣官房総務審議官
1999年7月、主計局長
2000年6月、大蔵事務次官
2001年1月、財務事務次官(大蔵事務次官から改称)
2003年1月、財務省顧問
2003年3月、日本銀行副総裁
2008年6月、東京大学先端科学技術研究センター客員教授
着任の際「財政・金融政策の現場での経験を学問的・体制的にまとめ直す機会にできれば」と抱負を言っていました。
2008年7月、株式会社大和総研理事長
2009年4月、開成学園理事長・学園長就任します。この仕事は無報酬で行ってるそうです。
2009年6月、住友金属工業株式会社監査役
2010年6月、三井物産株式会社取締役
2012年10月、新日鐵住金株式会社監査役
2014年1月、第1回評議員会・第1理事会を開催し、組織委員会事務局を総括する東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会事務総長に就任
2018年7月1日、株式会社大和総研名誉理事
ちなみに、武藤敏郎事務総長ですが
- 趣味:絵画(シャガールが好き、フランスにあるシャガール美術館を訪れた事がある)、自分で絵も描く
- 読書は週末を中心に、美術系の本に目を通すことが多い
- 座右の銘は「滴水石を穿(うが)つ」(「小さな努力でも根気よく続けてやれば、最後には成功する。」の意味)
と言った感じだそうです。
以上が、武藤敏郎事務総長の経歴や学歴になりますね。
武藤敏郎事務総長の嫁(妻)・息子など家族の名前などは?
引用:https://webronza.asahi.com/business/articles/2018070500008.html
武藤敏郎事務総長のお嫁さん(妻)や息子さんに関する情報ですが
武藤敏郎事務総長のお嫁さんは、官僚で広島銀行頭取・広島商工会議所会頭などを歴任した橋口収さんの長女の橋口直子さんになります。
日本銀行副総裁の武藤敏郎は娘婿にあたる。
そして、2008年3月7日「REUTERS」の記事によりますと…
家族構成は、妻と2男
となってるので…
息子さんが2人いてるそうです。
以上が、武藤敏郎事務総長のお嫁さん(妻)や息子さんに関する記事でした。
https://akasann.biz/kawabuchisaburou-kazoku-tuma/