今回は、鰐淵晴子さんの元夫について書きました。
- 離婚歴や元夫について
- 元夫・タッド若松さんとの馴れ初め
- 元夫・タッド若松さんのwiki・経歴や現在の画像
などなど… 鰐淵晴子さんの元夫について書きました。
鰐淵晴子は離婚歴あり?元夫は?
鰐淵晴子さんは、2回結婚をされています。
1人目の夫は、セイコーの前身・服部時計店の創業者・服部金太郎さんの孫で、セイコーエプソン株式会社の特別顧問を務められてた服部歊(はっとりのぼる)さんになります。
1968年に結婚し、1969年には離婚をされています。
元夫の服部歊さんは、2017年8月に79歳で亡くなられています。
2人目の夫は、写真家のタッド若松さんになります。
鰐淵晴子さんは、妹が住んでたアメリカに渡り、そこで知り合ったタッド若松さんと1970年に帰国されます。
そして、1972年にニューヨークで極秘で結婚し、タッド若松さんとの間に1人娘・鰐淵理沙さんをもうけ、1986年に離婚されています。
鰐淵晴子さんは、タッド若松さんと離婚されてからは、結婚をされていないそうです。
鰐淵晴子の元夫・タッド若松のwikiや経歴は?
鰐淵晴子さんの夫・タッド若松さんのwikiですが
- 別名:若松忠久
- 生年月日:1936年
元夫のタッド若松さんですが、日本の写真界の重鎮になります。
そんな元夫・タッド若松さんの経歴ですが
1962年に渡米し、リチャード・アヴェドンさんの見習いとして写真を学びます。
その後、ヒロ・若松さんやバート・スターンさんのアシスタントを務めています。
山口百恵さんや杉良太郎さんの写真も手掛け、JUN&ROPEのCMも制作されています。
作品は
- 1970年、「イッピーガールイッピー」平凡社
- 1985年2月、「America first:写真と日記で語るニュー・ヨーク 1960年代」 文芸春秋
- 1998年4月、「First&last:鰐淵晴子RE写真集」 竹書房
- 1999年3月、「Se Ri:パク・セリ写真集」 竹書房
となります。
「イッピー・ガール・イッピー」は、1970年のアメリカのヒッピー・カルチャーを背景に、離婚を機にアメリカに渡った鰐淵晴子さんをモデルとして撮影した作品になります。
こちらの作品は、アート性の高さからフランスで写真の個展が開かれるなど現在でも高く評価されています。
ただ、鰐淵晴子さんは、当時は母親が厳しく映画やドラマでのキスシーンも許してもらえなかったそうで、この写真集は中々大人っぽい内容だったので、母親とは何度も言い合いをされたそうです。
とは言え、鰐淵晴子さんは獲って良かったと思われてるそうです。
私は母親が厳しかったので、キスシーンも許してもらえませんでした。それでも、最初の結婚と離婚を機に、アメリカに渡って写真集を撮ったのが70年のことです。
発表したら母親とは喧々諤々でしたけど、作品としてきちんと残せた。今なおフランスで写真の個展が開かれるなどしておりますので、撮ってよかったと思います。ニューヨークの街角でゲリラ撮影したことも、今では懐かしく思います。
引用:https://www.excite.co.jp/news/article/Asagei_74293/
「America first:写真と日記で語るニュー・ヨーク 1960年代」は、タッド若松さんが渡米中の1960年代に、勤務後や仕事の休みを使い撮影した写真集になります。
元夫・タッド若松の現在の画像は?
鰐淵理沙さんの2021年10月9日のインスタにて
息子も娘もじーじが大好きで、久しぶりに会えて喜んでいました❣️じーじももうすぐ86歳になります。長生きしてね。
じーじが作った手作り飛行機✈️を飛ばして遊んだり、山を見に行ったり、動物に触れたり、自然を満喫しました。
帰りの車は子供達+犬ちゃんは爆睡でした。
引用:https://www.instagram.com/p/CUyrZeivcs2/?igshid=YmMyMTA2M2Y=
と言う投稿をされています。
なので、鰐淵理沙さんの子供さんと一緒に映ってる方がタッド若松さんの可能性がありますね。
さらに、「山を見に行ったり、動物に触れたり、自然を満喫しました」と記載されてるので、タッド若松さんは現在は田舎の方に住まれてる可能性がありますね。
以上が、鰐淵晴子さんの夫に関する記事です。